大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成6年(行ウ)11号 判決

原告

池田國利

右訴訟代理人弁護士

塩沢忠和

増本雅敏

阿部浩基

被告

浜松郵便局長山本愼吾

右指定代理人

仁田良行

長島正行

平澤恭一

榛葉邦夫

泉宏哉

井田直希

久埜章

西山大祐

船橋輝夫

小田英紀

佐脇義行

後藤光則

東地禮司

阿部裕人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対し平成五年三月三一日付でなした懲戒戒告処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、浜松郵便局第一集配課主任として勤務していた原告が、平成五年三月三一日に被告から受けた戒告処分(以下「本件処分」という。)を不服として同年五月二六日に人事院に対して国家公務員法九〇条に基づく審査請求をしたところ、同院が平成六年九月三〇日に本件処分を承認する旨の判定をしたため、原告から本件処分は処分事由が存在しないか、あるいは懲戒権を濫用するもので違法であると主張し、その取消を求めた事案である。

一  当事者間に争いがないか証拠により容易に認められる事実

1  原告の経歴等

原告は、昭和四五年一一月一一日、豊橋郵便局局長により郵政事務官に任命され、同日同局集配課勤務を命ぜられ、同局における勤務をした後、昭和五八年三月一六日付で浜松郵便局第二集配課に、昭和六〇年五月一七日付で同局保険課に、平成元年四月二四日付で同課主任に、平成四年六月二六日付で同局第一集配課主任に各転じ、前記のとおり、本件処分時には現に同集配課に勤務しており、その後平成七年九月四日付で同局第二集配課主任に転じた(〈証拠略〉)。

2  平成四年一一月二〇日当時の浜松郵便局の集配体制等

(一) 浜松郵便局は、静岡県浜松市に所在し、同市の中央部を管轄する集配普通郵便局として、郵便、為替貯金及び簡易生命保険等に係る事業を一体的に運営している国の行政機関である。

(二) 同局局長(池谷義正)の下に総務課(課長堀下勝男)、郵便課、第一集配課、第二集配課、貯金課、及び保険課の六課が置かれ、第一集配課は、内務職と外務職の職員により構成され、課長(市川明一)以下、内務職については、課長代理一名、外務職については、上席課長代理一名(杉本進弘)、課長代理四名(渥美陽二、乗松伊佐夫ら四名)、総務主任九名、原告を含む主任二三名、一般職員一五名の合計五〇名で配置され、同局管轄地域の郵便物の集配業務を第二集配課と分担して行っていた(〈証拠略〉)。

(三) 第一集配課においては、受持配達区を郵便物の取扱いの種類に応じて通常郵便物配達区と混合郵便物配達区の二種類に分け、通常郵便物配達区は二五区、混合配達区は四区を設定し、各区画ごとに原則として一名の外務職員を配置し、郵便物の集配業務を行っていた(なお個々の区は、それぞれ「通配何々区」とか「混合何々区」と呼称されていた。)。

また第一班から第五班までに分け、各班は、二五区ある通常郵便物配達区のうち、それぞれ五区ずつ受け持っていた。そして上席課長代理及び課長代理を除く外務職員は、右五班のいずれかの班に所属し(原告は第二班に所属していた。)、それぞれ日々の担務指定(通常郵便物配達か混合郵便物配達なのか等、当日従事する作業内容ないし担当区の指定)に基づき担当配達区の配達作業に従事するものとされていた。

(四) 第一集配課の外務職員の勤務の種類及び勤務時間は、「日1」(勤務時間が午前七時から午後四時一五分まで)、「日2」(午前八時から午後四時四五分まで)、「日3」(午前八時三〇分から午後五時一五分まで)、「日4」(午前九時から午後五時四五分まで)、「中1」(午前一一時一五分から午後八時まで)、「中2」(午前一一時三〇分から午後八時一五分まで)及び「非」(非番日であり、勤務時間の割り振をしない。)があり(〈証拠略〉)、個々の職員の日々の具体的な勤務方法については、四週間を単位として作成される勤務指定表(〈証拠略〉)により、予め「日1」から「中2」の勤務が指定されていた。

3  原告の配達途中の帰局

原告は、平成四年一一月二〇日当日(以下同日を「当日」という。)は、「日2」勤務に指定されており、これに引き続く午後六時までの一時間の超過勤務(そのうち午後五時三五分から五時五〇分までは休憩時間)を命ぜられ、郵便物の配達業務に従事していた。しかし原告は、配達途中において日没になり悪天候であったところから、予め上司に事情を報告することなく、また、その指示を受けることもなく、身の危険があるとの自己の判断により配達予定の郵便物三六二通を配達しないまま持ち戻り、午後四時四五分ないし四時五〇分ころ帰局した(〈証拠略〉)。

4  (本件処分)

被告は、原告に対し、原告が、当日郵便外務事務に従事中、浜松郵便局管理者の業務上の命令に従わず、自己が配達すべき普通通常郵便物の配達を行わなかったばかりでなく、同管理者らに対して、反抗的言辞を弄する等したものである、との理由で、平成五年三月三一日、国家公務員法八二条各号に基づき本件処分をした(〈証拠略〉)。

原告は、本件処分を不服として、同年五月二六日、人事院に対して国家公務員法九〇条に基づく審査請求をしたが、同院は平成六年九月三〇日に本件処分を承認する旨の判定をした(〈証拠略〉)。

5  (事故時の郵便物の取扱い)

平成四年三月現行集配郵便局郵便取扱規定(以下「取扱規定」という。)取扱規定一九一条一項は、集配又は運送途中の事故の取扱について次のとおりに規定している。

「郵便物の集配又は運送(道路郵便路線及び受渡郵便路線の運送担当者の場合に限る。以下本条において同じ。)途中において、道路の事故その他やむを得ない理由によって郵便物の集配又は運送を行なうことができなくなったときは、次により処理する。

(1) 電話その他適宜の方法により直ちに自局に報告し、その指示を受ける。

(2) 指示を受けることができない場合においては、郵便物を持ち帰り、その旨を責任者に報告する。」

二  争点

本件における争点は、本件処分に理由があるか否か、本件処分に理由があるとしても、処分は懲戒権を濫用するものであって違法であるか否かであり、これに対する原告及び被告の各主張の要旨は以下のとおりである。

(被告の主張)

1 本件処分の理由

(一) 原告は、当日の午後五時頃、原告の上司である市川課長から、自己の判断で帰局したことを注意され、持ち戻った郵便物を配達するため再度出発するように再三の業務命令を受けたにもかかわらず、「私は行きません。暗くて仕事が出来ん。そんなこと言うなら、課長、お前が出て行け、どんなふうに危険か経験すれば分かる。出ていってみろ。」と反抗的言辞をもって応え、右業務命令に従わなかった。

(二) また原告は、同日午後五時二〇分頃、池谷局長が、職場巡視の途次同局第一集配課の事務室に至った際、同局長に対して、「そんなことしか言わないのなら局長がもたもた出て来てもしょうがない。局長は課長より偉いのだから、局長らしい話をしなさい。」との不穏当な言辞を弄した。

(三) 被告は、右のとおりの事実関係に基づいて、原告の行為の動機、原因、性質、態様、結果、影響等を総合的かつ慎重に検討して、国家公務員法九八条一項、九九条及び一〇一条に違反し、八二条各号に該当するものとして、原告に対して本件処分をしたものであり、処分権者に任された裁量権の範囲を濫用ないし逸脱したものではない。

2 処分の違法性についての原告の主張に対する反論

(一) 帰局の理由について

(1) 支部確認

原告が主張する日没配達打切りに関する支部確認は、組合から出された要求書に対し、当局として、作業の安全と確実性を保持する見地からできるだけ日没までとすることが望ましいが、地況、天候、作業内容から画一的に配達時間を設定することは困難であるとの見解を明らかにしたものであり、一つの精神条項であるとともに、労使間で対立したまま整理されていることがらである。これが組合と当局との合意であるように主張する原告の主張は認められない。

(2) 当日の気象状況等

静岡県西部地方は、同日午後一時五〇分に大雨、洪水警報、雷注意報が発令され、午後八時二〇分に解除されたもので、同日の降水量は七九・五ミリメートルであった。降水量の最も多かった時間帯は午前一一時から午後零時までの一九・五ミリメートル、その次に多かったのは午後一時から午後二時までの一〇・五ミリメートルであった。原告が配達を打ち切った時間帯である午後四時から午後五時までの降水量は八・五ミリメートルであり、市川課長が原告に持ち戻った郵便物の配達を命じた時刻である午後五時から午後六時までの降水量は四ミリメートルであった。また午後四時三一分、雷電(弱)を天空に観測し、午後四時五五分に終わった。浜松地方の当日の日没は午後四時四二分であった。

浜松市において、雨や雷による災害は発生しておらず、また原告の担当した配達区域は住宅、事業所等が混在した地域であって、地形は殆ど平坦で、道路も舗装されており、街灯は概ね三〇メートル間隔で設置されており、暗いと感じさせるほどの場所はない。

また、当日、浜松郵便物の第一及び第二集配課の原告を含む四八名の郵便外務職員が普通通常郵便物の配達作業に従事し、このうち四〇名余りの職員が超過勤務を命ぜられていた。これらの職員のうち、原告を除く他の職員は一時雨宿りをしたり、いつもよりオートバイのスピードを落とす等の工夫をして全て郵便物を持ち戻ることなく配達を完了して帰ってきた。午後五時以降に帰局した職員は、第一及び第二集配課でそれぞれ一五名の合わせて三〇名いたが、これら三〇名の郵便外務職員を含めて当日の郵便物の配達作業に従事した郵便外務職員で天候や日没等を理由として同作業の危険性を訴えた者はいなかった。

(3) 接触事故

原告の主張する接触事故の態様はオートバイをギアを中立の状態でユーターンさせようとした際に生け垣下部の置き石にオートバイの後部を接触させたものにすぎず、オートバイ乗務に経験豊富な原告が業務を放棄せざるを得ないほどの危険を感じたとは首肯しがたいものである。

(4) 結論

原告が、前記接触事故を帰局した際に市川課長に一切説明していないことや当日の天候の異常性・危険性についても同様に市川課長に特に説明していないことからすれば、原告にとって前記接触事故や当日の天候はそれほど重要なものではなかったものである。したがって、労働安全問題と本件処分は何ら関連性を有しないものである。

(二) 市川課長の出発命令の適法性

市川課長の出発命令に従い、直ちに原告が配達に出向けば一〇分程度配達が可能であり、三〇通程度の配達が可能であった(〈証拠略〉)。このことは当時市川課長の配達命令に原告が配達時間のない旨の反論をしていないことからも窺われる。したがって、市川課長の出発命令は、郵政事業に対する国民の付託及び社会的使命等を前提とした業務遂行上の必要性に基づき適法に行われたものである。

(三) 恣意的な処分であるとの主張について

原告は、本件処分が恣意的になされたと主張し、かれこれ主張するが、それらは、いずれも池谷局長がかつて浜松郵便局在任期間中に発生した本件と無関係なことがらや昭和五〇当時に提訴された全逓と全郵政との間の訴訟に関わることがらであって、理由がなく、原告の主張は認められない。

(四) 労使交渉の経緯について

原告は、労使交渉の経過からみて、原告が本件処分を受けることは予想されなかった旨の主張をするが、一方的な思いこみであって、被告がその趣旨の約束をしたことはない。

(原告の主張)

1 本件処分の理由について

被告が主張する本件処分の理由の存在は争う。

2 本件処分の違法性

仮に処分の理由があったとしても、以下の諸事情を考慮すると、本件処分は懲戒権を濫用したものであり、違法である。

(一) 帰局の理由

(1) 日没配達打切りに関する支部確認

浜松郵便局管内は、郵便集配業務途中における職員の交通事故が多く、平成三年から平成七年まで概ね年間一〇件ないし一五件程度の事故が報告されている。原告が所属する全逓信労働組合(以下「全逓」という。)浜松支部(以下「組合」という。)は、このように、郵便配達業務がその性質上交通事故に遭遇する危険を伴うものであるところから、集配職場において、特に冬季における屋外作業については、その作業の打切りの目途を日没までとすべきであると申し入れて来たところ、浜松郵便局当局(以下「当局」という。)は、「作業の安全性と確実性を保持する見地からできるだけ日没までとすることが望ましいが、地況、天候、作業内容から画一的に配達時間を設定することは困難である。」と回答し、両者はこれを「日没配達打切りに関する支部確認」として、毎年更新している。

(2) 当日の気象状況等について

原告が帰局を決意した当時は、日没前であるのに既に暗く、オートバイのヘッドライトや往来する車のヘッドライトなどで辛うじて郵便物の宛名を確認するほどであり、降雨はあたかもバケツの水をこぼしたような、あるいは砂利を降らせたような勢いであり、異常な天候であった。このため、原告のほかにも、郵便配達員の中に配達途中で作業を中止して帰局しようとした者もいた。このような天候は、原告が市川課長から再出発命令を受けた時点においても変わらなかった。

(3) 接触事故

原告は、午後四時三〇分頃、オートバイの後部のハイバー(籠)を井熊方の土砂止めの石に当て、これを転落させてその石が落ちて三つに割れてしまうとの事故を起こした。原告は同家の主婦に現場を見てもらい、幸いにもその許しを得た。

(4) 結論

原告は、当日が雷を伴う豪雨であったこと、街灯はあるものの夜間に等しい暗い状況であったこと、そのようななかで前記接触事故を起こしたこと、業務が普通郵便の配達であったこと、配達先には側溝があるところがあり、以前にもそこに落ちそうになった経験があり、右のような天候状況のもとでは同様の事故に遭う危険があったこと、天候の回復の目途が立たず配達作業は更に困難を増す状況であったこと等から配達作業を中止して帰局する判断をした。

台風、積雪等気象の変化により集配作業環境が変わるとき、安全に業務ができるかどうかは所属長が判断するのが原則かも知れないが、先のとおり、日没後の配達業務に関する支部確認が存在するほか、浜松郵便局には異常事態での対応マニュアルもなかったという事情のもとで、現場の管理者は、集配業務に従事する者に対して、身の危険を感じたら帰局してもよいとしばしば発言していた。現に近畿郵政局管内では、冬期積雪地の天候異常時には作業の継続、中断等は原則として作業者の判断によって決めるのが基本となっている。

そうしてみると、原告の帰局判断は何ら責められるべき理由はない。

(二) 再出発命令の違法性

市川課長は前記の日没配達打切りに関する支部確認の存在すら知らなかったし、池谷局長も原告の接触事故を本件訴訟に至るまで知らなかったなど、浜松郵便局の管理者は全般に労働安全問題についての配慮に欠けている。そして、杉本上席課長代理、市川課長及び池谷局長は、原告が帰局した際の「雨降りで、暗くて、危険だから」帰局したとの言い分に対し、原告の配達担当地区先での天候状況を客観的に把握しようともせず、原告に再度配達のために出発することを命じたものである。しかし、原告が再出発命令を受けて配達に出たとしても往復時間に準備時間を加算すると三六分程度かかるものであるから、実際に配達する時間はほとんどない。

浜松郵便局では、郵便配達員が一時間の超過勤務を命じられながら結局完配できずに郵便物を持ち帰った場合には、再度超過勤務を命じることもあるが、労働者がこれを拒んだ場合には課長代理が配達することになっていた。ところが本件では午後五時一五分から増区のプロジェクト会議(午後五時一五分から午後六時まで)があるからとの理由で配達していない。プロジェクト会議が終了した後にでも配達することができたし、すべきであった。

池谷局長や市川課長は、原告を処分し、組合に打撃を与えるために、一方で原告に出発を命じ、他方で、敢えて管理職に配達させることもせず、郵便物を残したままにしておいたものと考えざるを得ない。再出発命令には何ら合理的な理由がなく、原告に対する報復的意図から出た違法なものである。

(三) 本件処分の恣意性

池谷局長は浜松郵便局における第二組合である全日本郵政労働組合(以下「全郵政」という。)浜松支部結成の中心人物であり、全逓及びその組合員に対して根深い嫌悪感を抱いていた。他方で原告は全逓の熱心な活動家であった。こうして当局は、原告に対する予断と偏見に基づいて極めて恣意的に本件処分をなしたものである。

(四) 労使交渉の経緯

労使交渉の席で原告の行為について協議した際、不処分とするまでの確定的な合意は得られなかったが、当局は、市川課長らの対応の悪さについても一定の反省の姿勢を示し、これにより、原告に対しては戒告ほどの重い処分まではしないとの暗黙の労使合意が成立したものである。だからこそ組合は三六協定締結に踏み切ったものであり、当局もこの間の事情は承知しているはずである。

第三争点に対する判断

右第二の一の事実に(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下のとおり認定、判断しうる。

一  処分の理由について

1  原告の当日の郵便配達状況等

(一) 原告は、当時通配九区(静岡県浜松市中島町一丁目の一部及び二丁目ないし四丁目まで)を担当し(〈証拠略〉)、「日2」の勤務指定を受けており(〈証拠略〉)、当日は被告から超過勤務(〈証拠略〉、午後四時四五分から午後六時まで。なお五時三五分から一五分間の休憩がある。)を命ぜられていた。通配九区の郵便物数は二二一七通で、その中には計画配送郵便物JAF等(当日未着手にしないで持出した分)が含まれていた。

(二) 原告は、午前中の配達を中止して昼食を採った後、午後二時すぎに再び郵便配達業務を続けていたが、午後四時半頃、静岡県浜松市の井熊宅の郵便を配達した際、オートバイをギアを中立の状態でユーターンさせようとしたところ、同宅の石垣にオートバイのハイバー(郵便物を入れる籠で、オートバイの車体から後ろに二〇センチメートルはみ出しているもの。)を接触させ、同宅の石垣用の石を落として三つに割ってしまった。

(三) 原告は、午後四時三五分頃、折からの激しい降雨と日没のために周囲が暗くなり、天候の回復の目途も立たないところから、さらに配達を続けても郵便の宛名が確認しずらく能率も上がりそうにないし、右の接触事故やこれまで配達先の側溝に落ちそうになった経験に照らして、再度同じ様な事故に遭う危険もあるものと考え、浜松郵便局に連絡して市川課長等に郵便物の配達の打切りの報告やその後の指示を仰ぐことなく、自己の判断のみに基づいて、郵便物を残した状態(通配九区、四三区分口から五五区分口まで一三区分口分の三六二通・〈証拠略〉)で配達作業を中止して帰局することにし(〈証拠略〉)、午後四時四五分頃帰局した(〈証拠略〉)。

2  帰局後の原告の言動

(一) 原告は、帰局後、浜松郵便局四階にある第一集配課事務室に戻り、通配九区区分棚の区分口に持ち戻った郵便物を戻し、機動車運行記録簿を取りに行き、記帳しようとしていた。そこへ、原告が配達時間の途中で郵便物を残して戻ってきたことを知った渥美課長代理が、またこれに続いて同人から報告を受け、配達時間があるにもかかわらず、何故郵便物を残して帰局したのか理由を聞くように同課長代理に指示した市川課長の両名が、相次いでやって来た。

午後五時すぎころ(〈証拠略〉)、市川課長は、原告に対して、配達時間の途中で郵便物を残して帰局した理由を問い質した。その際の双方のやりとりは以下の通りである(〈証拠略〉、とくに〈証拠略〉は、会話の流れが自然でかつ詳細に書かれており、しかも書証の性質上会話の直後に作成されているものと認められるから信用性も認められる。〈証拠略〉及び原告本人尋問の結果中には、原告が市川課長に対して「おまえ」という言い方はしていないとするなどこれに反する部分もあるが、会話内容から原告が興奮した状態にあったことは十分に窺われ、〈証拠略〉の供述内容も市川課長のそれと比較して特に正確であるともいえず、むしろ〈証拠略〉を採用すべきである。)。

原告 字も読めないし日没で暗くて危険を感じたので帰ってきた。

市川 それはいかん。勤務時間中は仕事をしてもらいます。

原告 上層部では、暗くなったら配達やらんでもよいということで決まっている。課長、知らんのかね。

市川 そんなことは知らん。日没で仕事を止めていいなんて、そんなことは知りません。自分で勝手に危険だと判断して帰ってきては困ります。

原告 日没終了というのは、前からそうなっている。

市川 そんなら、中勤の速達の人はどうするのかね。全く仕事が出来んことになる。

原告 自分が危険と感じて帰ってきてはいかんのかね。

市川 暗いから即危険というものではない。まだ時間もあるのに持ち戻った郵便物を持って配達に行って下さい。

原告 私は行きません。暗くて仕事が出来ん。そんなことを言うなら、課長、お前が出て行け。どんなふうに危険か経験すれば分かる。出て行ってみろ。

市川 あなたに指示されることはない。あなたこそ、配達に行って下さい。

原告 再出発せよということかね。

市川 再出発ではない。帰りが早くて、持戻り郵便物があるので、時間内は配達をしてもらうということだ。

原告 危険だと分かっていても配達に行けというのか。

市川 配達に行きなさい。これは課長命令だよ。

原告 そんな命令は、聞かんよ。中で仕事をする。

(二) 午後五時一〇分頃(〈人証略〉)、市川課長は、原告が配達に行こうとしないので、原告の持ち戻った郵便物を確認するように乗松課長代理に指示し、池谷局長には右の事実経過を報告した。午後五時一五分頃(〈証拠略〉)、報告を聞いた池谷局長は、市川課長にその経緯を記録しておくように指示し、午後五時二〇分頃、いつものように浜松郵便局内の巡視を開始し、第一集配課事務室内に至った。これを見た原告は池谷局長に声をかけた。まもなく市川課長及び堀下課長もその場に駆けつけた。その際の双方のやりとりは次のとおりである(〈証拠・人証略〉。特に〈証拠略〉は詳細かつ流れが自然であり、かつ会話直後に作成されたものと認められるので信用性も認められる。原告本人尋問の結果及び〈証拠略〉のこれに反する部分を採用しない理由は前記のとおりである。)。

原告 丁度いいところに来た。話をしよう。

池谷 課長の言うことが聞けんかね。

原告 身の危険を侵して配達せよということかね。帰って来ていかんのですか。

池谷 自分勝手に判断して帰って来てはいかん。そんなことはいかんよ。

原告 いいことを聞いた。身に危険を感じても帰って来てはいかん。仕事をしてこいと局長はいった。帰ってきてはいかんのだね。

池谷 課長の言うことを聞きなさい。

原告 帰って来てはいかんのだね。

池谷 課長の言うことを聞きなさい。

原告 帰ってきていかんといったね。

池谷 当然ですよ。

原告 いいことを聞いた。行き違いがあるといけないからメモする。

市川 仕事をして下さい。

原告 そんなことしか言わないのなら局長がもたもた出て来てもしようがない。局長は課長より偉いのだから、局長らしい話をしなさい。局長ここえ座って話をしなさい。

堀下 神聖な職場で大きな声を出すのはやめなさい。

市川 仕事をして下さい。

池谷 課長の言うことを聞きなさい。

原告 あんたは何をやっているのかね。総務課長は時計を見るのが仕事か。いよいよ戻るね。マル生運動がまた始まるわ。

午後五時二五分頃、原告はそういうと道順ファイルを手にとって仕事を始めた。池谷局長らはその場を離れた。

二  原告の主張について

原告は、本件処分が懲戒権の濫用であるとして種々主張するので、以下これらの点について判断する。

1  帰局の理由

(一) 日没配達打切りに関する支部確認について

確かに(証拠略)によれば、組合が昭和六三年の年末年始の繁忙期に関して当局に対し、集配職場において、特に冬季における超勤による屋外作業については、その作業打切りの目途を日没までとすべきことを申し入れたのに対して、当局が、作業の安全性と確実性を保持する見地からできるだけ日没までとすることが望ましいが、地況、天候、作業内容から画一的に配達時間を設定することは困難である旨を回答し、その趣旨のやりとりが例年繰り返されていることが認められるが、その文言からも明らかなとおり、打切りは日没までとするのが望ましいのではあるが、作業内容などを考慮すると画一的に設定することは困難であるというのであるから、その「望ましい」との一句を捉えて、当局がなんらか具体的な約束を与えたかのようにいうことはできない。他方で、浜松郵便局における郵便外務職員の勤務時間帯のうち「中2」などは日没後の配達を予定しているものであるが、これにより支障なく業務が遂行されている。従って、この「支部確認」が存在することによって、当日における原告の勤務時間内の帰局が正当なものとなるいわれはない。

(二) 当日の気象状況等について

静岡県西部地方は、同日午後一時五〇分から同日午後八時二〇分までの間、大雨、洪水警報、雷注意報が発令されており、浜松測候所(静岡県浜松市)によれば、同日の降水量は約七九・五ミリメートルで、午前九時頃から同日中雨が降り続き、午前一一時から午後零時までの間には最多の一九・五ミリメートルの降水量を記録し、その他にも午後一時から午後二時までの一〇・五ミリメートル、午後四時から午後五時までの降水量は八・五ミリメートル、午後五時から午後六時までの降水量は四ミリメートルであった(〈証拠略〉)。また午後三時四〇分から午後四時一〇分までの間に雷鳴(弱)を午後四時三一分から午後四時四五分までの間に雷電(弱)をそれぞれ観測した。浜松地方の当日の日没は午後四時四二分であった。

また浜松市役所の雨天観測記録によれば、浜松市役所における降水量は、午後三時から午後四時までが四ミリメートル、午後四時から五時までが七・五ミリメートル、午後五時から六時までが一・五ミリメートルであり、浜松市芳川における降水量は、午後二時から三時までが〇・五ミリメートル、午後三時から四時までが三ミリメートル、午後四時から午後五時までが一〇分刻みでそれぞれ一ミリメートル、一ミリメートル、一ミリメートル、六ミリメートル、〇・五ミリメートル、二・五ミリメートル、午後五時から午後六時までが五ミリメートルであった。

原告が担当した配達区域は、住宅、事業所等が混在した地域であって、地形は殆ど平坦で、道路も舗装されており、区域内には河川はなく、街灯は概ね三〇メートル間隔で設置されていた(〈証拠略〉)。

(三) 浜松郵便局の他の外務職員の当日における配達状況

浜松郵便局の外務職員四八名が配達作業に従事(そのうち約四〇名が超過勤務を命じられていた。)していたが、原告を除く他の四七名の職員らは、大雨の状況の下では一時雨宿りをして郵便物の宛名などを確かめる時間に利用し、雨が小降りになったときを見計らって配達したり、オートバイのスピードを落として身の安全を確保したりするなど工夫して同日中に持ち出した郵便物を完配しており、遅くとも午後五時四〇分頃までには帰局していた。

当日郵便物の配達作業に従事していた郵便外務職員の中で原告以外に天候や日没等を理由とする作業の危険性を市川課長ら管理職に訴える者はいなかった。

(四) 結論

原告は、前記のとおりの理由で、郵便物を残した状態で配達作業を中止し、帰局したものであるが、右のとおりの同時刻頃の降雨及び雷電の状況に照らして相当に悪天候であったといわざるを得ないにしても(〈証拠略〉によれば、当日配達に当たった浜松郵便局の職員は一様に当日の配達業務の困難性を指摘していることが認められる。)、他方で同時刻頃の他の浜松郵便局の郵便外務職員が配達を中止しているわけではなく、右各書証によれば、各々一時雨宿りをし、オートバイのスピードを落として身の安全を確保するなど工夫して当日中に完配しているとの事情も認められるのである。原告の起こした前記接触事故にしても、暗がりのためとはいいながら走行中に発生したわけではなく、原告の郵便外務事務の経験に照らせばそのことから直ちに郵便配達作業を中止するほどの危険を伴うものではないと考えられるところであって、原告に浜松郵便局に連絡して市川課長等に郵便物の配達の打切りの報告やその後の指示を仰ぐ暇もないほどに切迫した状態にあったとは認めがたい(原告は、浜松郵便局には異常事態に対処するマニュアルもなかったのであるから、配達先の郵便外務員の判断が優先すべきであると主張するけれども、そのような異常な事態であったとは認めがたい。)。これらの事情を要するに、原告にとって郵便物の配達が不可能ないし著しく困難であったとは考えられず、したがって、原告が勤務時間中に自己の判断により郵便物を残して帰局した行為は、やはり理由を欠くことであったといわざるを得ない。

2  再出発命令の違法性の有無について

原告は、市川課長らが、原告がなぜ帰局したのかについて事情を聞こうともしないままに再度出発すべき旨を命じたことが不当であると主張するけれども、先のとおりのやりとりからすると、原告はおよそ命令は聞けないという態度であったことが窺われるところであるが、その点はさておくとしても前記認定のとおり市川課長が原告に対して再出発命令を発した午後五時過ぎ頃の前記天候状況や原告が担当していた配達地区の形状や道路の舗装状態、他の郵便外務職員が当日配達作業の危険性を訴えていなかったこと等の事実からすれば、原告の配達作業が特段危険であったとは認められず、したがって、仮に市川課長が、原告の配達担当地区先での天候状況を客観的に把握しようとしなかったからといってそのことが市川課長の再出発命令の適否に影響を与えるものではない。

また原告は、再出発命令を受けて配達に出たとしても実際に配達する時間は全くないとも主張するが、浜松郵便局から原告の配達担当地域である浜松市中島二丁目までは約一・九キロメートルの道のりでり(ママ)、時速約三〇キロメートル走行すれば約六分で到着することが認められる(〈証拠略〉)。工夫をすることによって、僅かではあれ更に配達をすることができた(一〇分程度かけて三〇通程度)と認められるところである。

市川課長が原告に再度配達のために出発すべきことを命じたことには理由があり、これを違法とする原告の主張は到底採用できない。

3  その他の事情について

本件は、原告が勤務時間内に業務怠慢により郵便物を持ち帰った事案であり、原告の指摘する通常の対処方法と異なる扱いとなったことに何の問題もない。また原告は池谷局長の経歴等から本件処分の恣意性を言うが、そのように判断すべき理由は乏しい。さらに労使交渉により労使間に本件処分がなされないとの合意が成立したようにもいうけれど、そのように認めるべき証拠はない。

三  以上の認定、判断に照らすと、原告が、当日、勤務時間中に配達不可能ないし著しく困難な事情がないにもかかわらず、自己が配達すべき郵便物を、上司に配達の打切りについての報告をしたり指示を仰ぐこともなく、自らの判断により配達を打ち切って帰局しておきながら、市川課長から持ち帰った郵便物を再度配達するように命じられても、かれこれ言い立ててこれに従わず、さらに先に認めたとり(ママ)、市川課長に対して反抗的言辞を弄し、池谷局長に対しても不穏当な言辞を用いたことは、国家公務員法九八条一項、九九条及び一〇一条一項に違反し、国家公務員法八二条各号に該当するものであり、その程度は、郵便業務の性質を考えると相当に重いといわざるを得ず、懲戒処分としては最も軽い戒告処分を受けるのも止むを得ないところであり(なお、原告は、本件処分に先立つこと一二年以上も前の、かつ豊橋郵便局に勤務中のことに属するが、豊橋郵便局長から、ことさら遅参して勤務を欠いたこと等を理由として懲戒戒告処分を受けたことが一度に止まらないものであることが〈証拠略〉により認められるところであって、この点も処分の軽重を見るに当たって考慮すべきである。)、当日の気象状況や郵便配達に伴う苦労その他一切の事情を考慮しても、本件処分が裁量権の範囲を濫用ないし逸脱して相当性を欠くものとはいえない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 杉本宏之 裁判官石原直樹は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 曽我大三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例